更年期のホルモン補充療法(HRT)・GLP-1作動薬とは?医師が解説するメリット・デメリット
更年期の体重増加や心身の不調に対し、生活習慣の改善だけでは管理が難しい場合、医療の力を借りることも有効な選択肢の一つです。この記事では、親記事「更年期に太りやすいのはなぜ?」で解説した体の変化を踏まえ、より専門的な医療的介入である「ホルモン補充療法(HRT)」と「GLP-1受容体作動薬」について、それぞれのメリットとデメリットを専門医の立場から詳しく解説します。
ホルモン補充療法(HRT)とは?- 失われたエストロゲンを補う考え方
ホルモン補充療法(HRT: Hormone Replacement Therapy)は、その名の通り、更年期に急激に減少する女性ホルモン(エストロゲン)を、飲み薬や貼り薬、塗り薬などで少量補充する治療法です。これにより、ホルモンバランスの乱れによって引き起こされる様々な不調を和らげることを目的とします。
HRTのメリット:心身の不調改善から将来の疾患予防まで
HRTのメリットは多岐にわたります。主なものを以下に挙げます。
- 血管運動神経症状の改善: ほてり、のぼせ、発汗(ホットフラッシュ)といった、更年期の代表的な症状を根本から改善します。
- 精神症状の緩和: イライラ、気分の落ち込み、不眠といった精神的な不調を和らげる効果が期待できます。
- 身体組成への好影響: エストロゲンを補うことで、内臓脂肪の蓄積を抑制し、筋肉量の維持を助ける効果が報告されています。
- 骨粗しょう症の予防: エストロゲンは骨の健康を維持する上で不可欠です。HRTは、将来の骨密度低下や骨折のリスクを大幅に減少させます。
- 脂質異常症の改善: LDL(悪玉)コレステロールを低下させ、脂質プロファイルを改善する効果があります。
HRTのデメリットと注意点:知っておくべきリスク
一方で、HRTには注意すべき点やリスクも存在します。特に重要なのは、治療開始のタイミングです。
近年の研究では、閉経後10年以内、または60歳未満でHRTを開始した場合、心血管疾患のリスクは増加しない、あるいはむしろ低下する可能性が示唆されています(タイミング仮説)。しかし、それ以降に開始すると、血栓症などのリスクがわずかに上昇する可能性が指摘されています。
乳がんのリスクについては、多くの議論がありますが、5年未満の使用であればリスクの増加はほとんどないとされています。ただし、乳がんや子宮体がんの既往歴がある方、原因不明の性器出血がある方などは、原則としてHRTを受けることができません。
GLP-1受容体作動薬とは?- ダイエット治療薬としての可能性
GLP-1受容体作動薬は、もともと2型糖尿病の治療薬として開発された注射薬や飲み薬です。血糖値を下げる効果に加え、脳の食欲中枢に働きかけて食欲を抑制したり、胃の内容物の排出を遅らせて満腹感を持続させたりする作用があることから、近年ではメディカルダイエット(医療痩身)の分野で注目されています。
GLP-1作動薬のメリット:体重減少への高い効果
GLP-1作動薬の最大のメリットは、その高い体重減少効果です。食事制限や運動が苦手な方でも、薬の作用によって自然と食事量が減り、体重減少が期待できます。特に、更年期における代謝の低下と食欲コントロールの乱れに悩む方にとっては、強力なサポートとなり得ます。
GLP-1作動薬のデメリットと注意点:筋肉減少のリスク
非常に効果的な一方で、GLP-1作動薬には重大な注意点があります。それは、体重が減少する際に、脂肪だけでなく、代謝の維持に不可欠な筋肉まで一緒に失われやすいという点です。
特に、筋肉量が減少しやすい(サルコペニアのリスクがある)更年期女性が、適切な運動やタンパク質摂取を伴わずにGLP-1作動薬を使用すると、体重は減っても代謝的に不健康な「サルコペニア肥満」を助長してしまう危険性があります。吐き気や便秘などの消化器症状も、比較的起こりやすい副作用です。
HRTとGLP-1、どちらを選ぶべき?
どちらの治療法が適しているかは、その方の目的や健康状態によって大きく異なります。
目的別の考え方
以下に、目的別の基本的な考え方をまとめました。
目的 | HRTが適している可能性 | GLP-1作動薬が適している可能性 |
---|---|---|
ホットフラッシュやイライラなど、更年期症状全般を改善したい | ◎ | △ |
将来の骨粗しょう症を予防したい | ◎ | × |
とにかく体重を減らすことが最優先 | △ | ◎ |
筋肉量を維持しながら健康的に体型を整えたい | ○ | △(運動・栄養管理が必須) |
【重要】自己判断は危険!必ず専門医に相談を
HRTもGLP-1作動薬も、医師の診断と処方が必要な医療用医薬品です。インターネット上の情報だけで判断したり、個人輸入で安易に入手したりすることは、深刻な健康被害につながる可能性があり、絶対に避けるべきです。
ご自身の症状や体質、ライフプランに最適な選択をするためには、更年期医療に詳しい婦人科や、メディカルダイエットを専門とするクリニックを受診し、専門家と十分に相談することが不可欠です。
まとめ
ホルモン補充療法(HRT)とGLP-1受容体作動薬は、更年期を乗り越えるための強力な選択肢となり得ますが、それぞれに明確なメリットとデメリットが存在します。大切なのは、これらの情報を正しく理解し、ご自身の目的を明確にした上で、信頼できる医師と共に最適な方法を見つけていくことです。この記事が、そのための第一歩となれば幸いです。
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