【医師監修】疥癬の飲み薬は市販で買える？専門家が教える唯一の治療法と市販薬のリスク

結論から言うと、疥癬（かいせん）の飲み薬は市販されていません。早く治したいのに、なぜ市販薬がないのか、もどかしいお気持ちはよく分かります。この記事では、皮膚科・公衆衛生の専門家が、市販できない科学的な理由、自己判断の深刻なリスク、そして唯一の安全な治療法までを徹底解説します。この記事を読めば、あなたが今取るべき最善の行動が明確にわかります。

【結論】疥癬の飲み薬（イベルメクチン）は市販されていない

有効な飲み薬は「ストロメクトール®（成分名:イベルメクチン）」のみ

現在、日本国内で疥癬の治療薬として承認されている唯一の飲み薬が「ストロメクトール®」です。 その有効成分は「イベルメクチン」という名前で、寄生虫を麻痺させて死滅させる効果があります。

しかし、この薬は「医療用医薬品」に分類されており、医師の診断に基づいて発行される処方箋がなければ、決して手に入れることはできません。つまり、薬局やドラッグストアにふらっと立ち寄って購入することは不可能なのです。

なぜ「処方箋医薬品」なのか？市販薬との根本的な違い

では、なぜイベルメクチンは市販できないのでしょうか。それは、処方箋医薬品と市販薬（OTC医薬品）が、その役割とリスク管理において根本的に異なるからです。

一般に、処方箋医薬品は市販薬に比べて作用が強く、その分、副作用のリスクも高まります。そのため、医師や薬剤師といった専門家の管理下で、患者さん一人ひとりの体重や症状に合わせて、用法・用量を厳密に設定する必要があるのです。イベルメクチンもまさにこのカテゴリに属する薬であり、安全な治療のためには専門家の介入が不可欠とされています。

▼処方箋医薬品と市販薬の比較

両者の違いを簡単にまとめると、以下のようになります。処方箋医薬品は高い効果が期待できる一方、その使用には専門家による管理が不可欠な「リスク」を伴います。これが、疥癬治療薬が市販されていない大きな理由の一つです。

【理由】なぜ疥癬の薬は市販できないのか？3つの公衆衛生上の壁

「それほど効果があるなら、なぜ市販してくれないんだ」と感じるかもしれません。しかし、市販できないのには、あなた個人の健康だけでなく、社会全体を守るための、極めて重要な3つの理由（壁）が存在します。

壁①：診断の困難性 ― 専門家でも見誤る「痒み」の正体

第一に、疥癬の診断は専門家でなければ絶対に不可能です。

疥癬の主な症状である「激しいかゆみ」や「赤いブツブツ」は、アトピー性皮膚炎や接触皮膚炎（かぶれ）、虫刺されなど、他の多くの皮膚疾患と症状が酷似しています。

私たち皮膚科医は、「疥癬トンネル」と呼ばれる、ヒゼンダニが皮膚の角層内に掘り進んだ特徴的な皮疹を探します。そして、ダーモスコピーという特殊な拡大鏡で観察したり、皮膚を一部採取して顕微鏡で虫体や卵を直接確認したりして、初めて確定診断を下すことができるのです。これを専門的な知識や機材なしに自己判断することは、不可能と言って差し支えありません。

壁②：薬剤耐性の脅威 ― 安易な使用が未来の治療を奪う

第二に、薬の安易な使用は「薬剤耐性」という、より深刻な問題を引き起こす危険性をはらんでいます。

薬剤耐性とは、細菌やウイルス、あるいは疥癬のような寄生虫が薬に慣れてしまい、本来なら効くはずの薬が効くなくなってしまう現象です。〈調査レポート〉によれば、海外ではすでにイベルメクチンや塗り薬のペルメトリンが効きにくい耐性ダニの存在が報告されており、治療の失敗率も年々増加傾向にあると指摘されています。

もし仮にイベルメクチンが市販され、人々が自己判断で不適切な量を使用したり、必要ないのに予防的に服用したりすれば、あっという間に日本中に耐性ダニが蔓延してしまうでしょう。
それは、将来本当にこの薬を必要とする人々から、貴重な治療選択肢を奪ってしまうことに他なりません。

壁③：公衆衛生の視点 ― これは個人的な病気ではない

最後に、疥癬は単なる個人の皮膚トラブルではなく、世界的な公衆衛生上の課題であるという視点が重要です。

世界保健機関（WHO）は、疥癬を「顧みられない熱帯病（NTD）」の一つに指定しています。 これは、疥癬が特に高齢者介護施設や病院などで集団発生を引き起こしやすく、社会的に弱い立場の人々に大きな影響を与える感染症であることを意味します。

そのため、治療の目的は一人の患者さんを治すことだけに留まりません。感染拡大を防ぎ、社会全体を守るという「疾病コントロール」の観点が強く求められます。個人の利便性のために市販化を進めるよりも、専門家の管理下で感染源を確実に特定し、治療を行うことが、結果的に社会全体の利益に繋がるのです。

【絶対NG】市販薬がないからと試す「2つの危険な抜け道」

市販薬がないと知ると、一部の方はなんとかして別の方法で解決しようと考えます。しかし、その選択が、かえってあなたを深刻な危険に晒すことになるのです。ここでは、絶対に手を出してはいけない「2つの危険な抜け道」について、強く警告します。

危険①：海外からの「個人輸入」という名のギャンブル

インターネットで検索すると、海外からイベルメクチンを個人輸入できると謳うサイトが見つかるかもしれません。しかし、これは極めて危険なギャンブルです。

▼個人輸入薬に潜む4つの主なリスク

個人輸入で入手した医薬品には、主に以下のようなリスクが伴います。これらはすべて、専門家の管理がない場合に発生しうる深刻な問題です。

• 偽造品の可能性：見た目は同じでも、有効成分が全く含まれていない、あるいは異なる成分が混入している偽造薬のリスクがあります。
• 成分・用量不明：表示通りの成分や用量が含まれている保証がなく、過剰摂取による重篤な健康被害を引き起こす恐れがあります。
• 副作用に対応不可：万が一、重い副作用が発生しても、日本の公的な副作用被害救済制度の対象外となり、すべて自己責任となります。
• 症状の悪化：適切な治療機会を逃すことで、かえって症状が悪化したり、周囲への感染を拡大させてしまったりする危険性があります。

危険②：市販のかゆみ止め（ステロイド）による症状の悪化

もう一つの非常に危険な誤解が、市販のかゆみ止めクリームで症状をごまかそうとすることです。特に、「ステロイド」成分を含む製品の使用は、文字通り火に油を注ぐ行為です。

ステロイドには、炎症を抑えて一時的にかゆみを和らげる効果があります。しかし、同時に皮膚の免疫力を低下させてしまう作用も持っているのです。
そのため、疥癬の患者さんがステロイドを塗ると、かゆみが少し和らいだように感じる裏で、ヒゼンダニにとっては格好の繁殖環境が整ってしまいます。結果、ダニが爆発的に増殖し、治療が困難な重症型の「角化型疥ZEN」へ移行する最悪のケースも少なくありません。

【唯一の正解】皮膚科専門医が行う疥癬の正しい治療法

ここまで厳しい話が続きましたが、絶望する必要はありません。疥癬には、科学的根拠に基づいた、安全で非常に効果的な治療法が確立されています。その鍵は、皮膚科専門医による正しい診断と処方にあります。

推奨度Aランクの治療薬：飲み薬と塗り薬の比較

日本皮膚科学会が定める「疥癬診療ガイドライン」では、最も推奨度の高い「Aランク」の治療法として、2つの選択肢が示されています。

1. イベルメクチン（ストロメクトール®）内服
2. フェノトリン（スミスリン®ローション5%）外用

どちらの治療法を選ぶかは、患者さんの年齢や健康状態、生活環境などを考慮して医師が判断します。それぞれの特徴は以下の通りです。

表：飲み薬（イベルメクチン）と塗り薬（フェノトリン）の比較

治療の全体像：薬だけでなく環境整備も重要

重要なのは、疥癬の治療は薬を飲む、あるいは塗るだけで終わりではないということです。

疥癬は感染症ですから、同居しているご家族やパートナーなど、肌と肌が触れ合う機会の多い「濃厚接触者」の方がいる場合、その方に症状がなくても、同時に治療を受ける必要があります。 これを怠ると、せっかく治療しても再び感染してしまう「ピンポン感染」を繰り返すことになります。

また、寝具や衣類に残ったダニを死滅させるための環境整備も欠かせません。具体的には、シーツや下着など、肌に直接触れたものは毎日交換し、50℃以上のお湯に10分以上浸してから洗濯するか、乾燥機で乾かすことが推奨されます。

皮膚科受診のススメ：いつ、何を、どう伝えればいいか

「病院に行くのは気が重い」と感じる方もいるでしょう。しかし、ここまで読んでいただけたなら、それが唯一の安全な道であることがお分かりいただけたはずです。受診へのハードルを少しでも下げるために、ポイントをお伝えします。

• 今すぐ、ためらわずに。 「激しいかゆみ」は、あなたの体からの明確なSOSサインです。様子を見るメリットは一つもなく、リスクしかありません。
• 「皮膚科専門医」を探しましょう。 近所の皮膚科を探す際は、日本皮膚科学会のウェブサイトで専門医を探すことができます。専門医は疥癬の診断経験が豊富で、より確実な診断が期待できます。
• 何を伝えればいいか？：以下の点をメモして持っていくと、診察がスムーズです。
  • いつから、体のどこが、どんな時に（特に夜間など）かゆいか。
  • 同居家族など、周りに同じような症状の人はいるか。
  • これまでに自分で使用した薬はあるか（あれば持参する）。

【未来展望】変わりゆく疥癬治療のこれから

最後に、少し未来の話をしましょう。疥癬治療は、今まさに大きな転換点を迎えようとしています。

忍び寄る「薬剤耐性」の影

先ほども触れましたが、世界的には薬が効きにくい「薬剤耐性」の疥癬が増えているのが現状です。これは、私たち専門家にとっても大きな課題です。だからこそ、今ある貴重な薬を未来に残すためにも、自己判断での使用は絶対に避け、専門家の指導の下で適切に使い切ることが非常に重要なのです。

期待の新薬「モキシデクチン」とは？

一方で、明るいニュースもあります。現在、〈調査レポート〉でも紹介されているように、「モキシデクチン」という新しい飲み薬の開発が世界的に進められています。

この薬は、イベルメクチンよりも効果が長く持続するため、たった1回の服用で治療が完了する可能性を秘めた、まさに「ゲームチェンジャー」となりうる新薬です。まだ実用化には数年かかりますが、将来的には、より簡便で確実な治療が可能になるかもしれません。

疥癬治療に関するよくある質問（FAQ）

Q1. 疥癬は放置すれば自然に治りますか？

A1. いいえ、絶対に自然治癒しません。ヒゼンダニは人間の皮膚の上で繁殖を続けるため、治療しない限り増え続けます。放置すれば症状が悪化し、他人に感染を拡大させてしまうだけですので、必ず治療が必要です。

Q2. 治療後もかゆみが続くのですが、薬が効いていないのでしょうか？

A2. いいえ、多くの場合、それは薬が効いていないわけではありません。〈調査レポート〉でも指摘されている通り、かゆみの主な原因は、生きているダニよりも、その死骸や糞に対するアレルギー反応です。 そのため、治療でダニが全滅した後も、アレルギー反応が治まるまでの数週間はかゆみが続くことがあります。不安な場合は、かゆみを抑える別の薬を処方することも可能ですので、治療を受けた医師に遠慮なく相談してください。

Q3. 市販薬の「リンデロン」や「オイラックス」は効きますか？

A3. リンデロンに代表されるステロイド系の薬は、免疫を抑えて症状を悪化させるため、絶対に使用してはいけません。オイラックスは殺ダニ作用を持つとされていますが、現在の診療ガイドラインでは有効性の根拠が不十分とされ、治療の第一選択とはなっていません。

Q4. 治療には、全部でいくらくらい費用がかかりますか？

A4. 疥癬の治療は、健康保険が適用されます。自己負担額が3割の方の場合、初診料や検査料、そして処方される薬（イベルメクチンまたはフェノトリン）の代金を合わせても、数千円程度が目安となることが一般的です。

まとめ：今、あなたが取るべき唯一の行動

この記事でお伝えしてきたことを、最後にもう一度まとめます。

1. 疥癬の飲み薬（イベルメクチン）は、医師の処方箋が必要な医療用医薬品であり、市販されていません。
2. 個人輸入や市販のかゆみ止めによる自己判断での治療は、症状を悪化させる極めて危険な行為です。
3. 唯一の安全で確実な道は、皮膚科専門医を受診し、科学的根拠に基づいた適切な処方薬で治療することです。

耐え難いかゆみと、「他人に知られたくない」という強い不安の中で、この記事を読んでくださっていることと思います。あなたは一人ではありません。私たち皮膚科医は、あなたのような悩みを抱える患者さんを日々診察しているプロフェッショナルです。どうか勇気を出して、専門家の扉を叩いてください。それが、この苦しみから抜け出すための最も確実な近道なのです。