(本記事は情報提供を目的としており、医学的診断に代わるものではありません。症状がある場合は、必ず医療機関を受診してください。)

監修：高橋 健介（感染症専門医・皮膚科医、医学博士）

疥癬の家族内感染、断ち切る鍵は「ピンポン感染」対策！医師が教える根絶ガイド

ご家族が疥癬と診断され、終わりが見えない状況に心身ともにお疲れではありませんか。その感染ループを断ち切る鍵は、家族内での再感染、通称「ピンポン感染」の完全な理解と対策にあります。この記事では、感染症専門医が「なぜ家族全員の同時治療が絶対に必要なのか」を科学的根拠に基づき解説し、ご家庭で疥癬を根絶するための具体的な7日間実践チェックリストを提示します。

【最初に】ご自身を責めないでください：疥癬は「不潔」が原因ではありません

👉 このパートをまとめると！
疥癬は、ヒゼンダニというダニが原因の皮膚感染症です。衛生状態に関わらず誰でも感染する可能性があり、ご自身を責める必要は全くありません。

ご家族が疥癬と診断されたとき、多くの方が「うちが不潔だったせいだろうか…」とご自身を責めてしまいます。お気持ちは痛いほど分かりますが、それは大きな誤解です。

疥癬は、決して特別な病気ではありません。原因は「ヒゼンダニ」という非常に小さなダニが皮膚の角質層に寄生することです。このダニは、人の肌と肌が長時間触れ合うことで感染するため、衛生状態や生活環境に関係なく、誰にでもうつる可能性があるのです。

ですから、どうかご自身やご家族を責めないでください。まず、この病気を正しく理解することが、根絶への第一歩となります。

「通常疥癬」と、特に注意すべき「角化型疥癬」

疥癬には、主に2つのタイプがあります。

1. 通常疥癬: 寄生するヒゼンダニの数は数十匹程度で、感染力は比較的穏やかです。夜間に強くなる激しい痒みや、赤いブツブツ、「疥癬トンネル」と呼ばれる線状の皮疹が特徴です。
2. 角化型疥癬: 免疫力が低下している高齢者や、他の病気を抱えている方に見られます。ダニが100万〜200万匹と桁違いに増殖し、感染力が非常に強いのが特徴です。皮膚が厚く、ガサガサした状態（角質増殖）になります。

国立感染症研究所の解説によれば、特に高齢者施設などでの集団発生の原因は、この角化型疥癬であることが多いとされています。ご家族に高齢の方がいる場合は、特に注意深い観察が必要です。

【この記事の核心】なぜ治らない？終わらない痒みの正体「ピンポン感染」とは

👉 このパートをまとめると！
症状のない家族から再感染を繰り返す「ピンポン感染」が治療失敗の最大原因です。無症状の潜伏期間でも感染力があるため、全員の同時治療が必須です。

「薬を塗っているのに、なぜか治らない…」「一度良くなったはずなのに、また家族にうつってしまった…」
こうした治療の失敗は、そのほとんどが「ピンポン感染」と呼ばれる、家庭内での再感染ループが原因です。

図解：これが「ピンポン感染」の恐怖のループ

「自分は痒くないから大丈夫」が一番危険な理由

なぜ、このようなことが起こるのでしょうか。
それは、疥癬には約1〜2ヶ月という長い「潜伏期間」があるためです。

ヒゼンダニに感染しても、すぐに痒みが出るわけではありません。この潜伏期間中は、本人は全く無症状ですが、皮膚にはすでにダニが寄生しており、他の人にうつす感染力を持っています。

つまり、「痒くないから、自分は大丈夫」という考えが、知らず知らずのうちに家族内での感染源となり、ピンポン感染を引き起こす最大の原因となるのです。

✍️ 筆者（専門家）の経験からの一言アドバイス

【結論】: 「私は痒くないから薬は要らない」――。このご家族の一言が、これまで数えきれない家庭を、数ヶ月にわたる再感染の地獄に突き落とすのを見てきました。

実は、私が診たあるご家庭では、症状のなかったお父様が治療を拒んだ結果、一度は治ったはずの娘さんにうつり、そこからお孫さんにまで広がるという「ピンポン感染」が3ヶ月も続きました。全員が疲れ果てた末に私の外来を訪れ、全員で治療を受け入れて、ようやく悪夢が終わったのです。だからこそ、私は声を大にして『ご家族全員で、今すぐ治療を』とお伝えしているのです。

絶対原則：「家族全員・同時治療」で感染の連鎖を断ち切る

ピンポン感染のループを断ち切る方法は、たった一つしかありません。

それは、症状の有無にかかわらず、家族や濃厚接触のあった方全員が、同じタイミングで一斉に治療を開始することです。

これが、疥癬治療における絶対的な原則です。誰か一人でもタイミングがずれたり、治療から抜けたりすると、潜伏期間のダニが生き残り、再び感染のループが始まってしまいます。「同時」に治療することで、家庭内に潜むヒゼンダニを一網打尽にするのです。

疥癬の家族内感染を根絶する「2回の治療」

👉 このパートをまとめると！
治療薬は虫卵には効かないため、卵が孵化するのを待つ1週間後の2回目投与が必須です。飲み薬と塗り薬があり、医師の指示に従うことが重要です。

「家族全員・同時治療」の原則を理解したら、次は具体的な治療法です。治療の主役は、医師から処方される薬です。

治療の主役は「飲み薬」と「塗り薬」

現在、日本で疥癬治療に使われる主な薬は、以下の2種類です。どちらの薬を選ぶかは、症状や状況に応じて医師が判断します。

なぜ「1週間後にもう1回」の治療が必須なのか？

どちらの薬を使うにせよ、もう一つ非常に重要な原則があります。
それは、「1週間後にもう一度、2回目の治療を行う」ことです。

なぜなら、これらの薬はヒゼンダニの成虫や幼虫には効果がありますが、「卵」には効かないからです。

この2段階の攻撃で、ヒゼンダニを根絶やしにします。日本皮膚科学会の疥癬診療ガイドラインでも、この1週間間隔での2回投与が強く推奨されています。この戦略的な理由を理解し、必ず2回の治療を完了させることが、根絶への最短ルートです。

治療効果を最大化する！家庭でできる環境整備

👉 このパートをまとめると！
ヒゼンダニは熱に弱いため、衣類や寝具は50℃以上で10分間の熱処理が有効です。部屋の隅々まで掃除機をかけることも重要です。

薬物療法と並行して、家庭内の環境整備を行うことで、治療効果をさらに高めることができます。

衣類・寝具の洗濯と消毒

ヒゼンダニは熱に非常に弱い性質を持っています。厚生労働省のマニュアルでも、50℃以上の熱に10分間さらされると死滅することが示されています。

• 基本の対策: 患者が使用した衣類、シーツ、タオルなどは、毎日交換し、50℃以上のお湯に10分以上浸してから洗濯するか、洗濯後に高温設定の乾燥機にかける。
• 熱処理が難しいもの: 布団や厚手の毛布など、毎日洗濯できないものは、大きなビニール袋に入れて密封し、2週間ほど放置すれば、中にいるダニは死滅します。

部屋の掃除のポイント

皮膚から剥がれ落ちた角質（フケやアカ）の中にダニが潜んでいる可能性があるため、掃除も重要です。

• 掃除機がけ: 部屋の隅々まで、ゆっくりと丁寧に掃除機をかけます。特に、患者さんが長く過ごす寝室のベッド周りや、リビングのソファ周りは念入りに行いましょう。
• 殺虫剤について: 通常疥癬の場合、大掛かりな殺虫剤（燻煙剤など）の使用は原則として不要です。ダニの数が非常に多い角化型疥癬の場合には使用を検討することがありますが、健康への影響も考慮し、必ず事前に医師に相談してください。

✍️ 筆者（専門家）の経験からの一言アドバイス

【結論】: 掃除で最も重要なのは、患者さんが長く過ごす寝室やソファ周りです。特に剥がれ落ちた皮膚（落屑）にダニが潜んでいる可能性があるため、カーペットや布製の家具は念入りに掃除機をかけてください。

実は、ヒゼンダニは人の体から離れると長くは生きられません。そのため、環境整備に神経質になりすぎる必要はありませんが、治療中に体から落ちたダニが、再び他の家族の肌に付着する機会を減らす、という目的で掃除は非常に有効です。

よくある質問（FAQ）

👉 このパートをまとめると！
治療後に痒みが続いても、多くはダニの死骸へのアレルギー反応です。ペットからうつる疥癬は別物で、人に定着しません。

Q1. 治療が終わったのに、まだ痒いのですが…

A. それは「疥癬後掻痒（かいせんごそうよう）」かもしれません。治療が成功してすべてのダニが死滅した後も、皮膚内に残ったダニの死骸やフンに対するアレルギー反応として、痒みが数週間から数ヶ月続くことがあります。これは感染力のある痒みではありません。保湿剤や、医師から処方されるステロイド外用薬で症状を和らげることができますので、ご相談ください。

Q2. 家族の治療費はどのくらいかかりますか？

A. 疥癬の治療は、飲み薬・塗り薬ともに健康保険が適用されます。自己負担額は年齢や所得によって異なりますが、高額になることは稀です。詳しい費用については、受診される医療機関の窓口でお尋ねください。

Q3. ペットの犬や猫からうつることはありますか？

A. 犬や猫にも「疥癬」はありますが、原因となるヒゼンダニの種類が人間とは異なります。動物のダニが人に一時的に付着して痒みを引き起こすことはありますが、人の皮膚では繁殖できないため、寄生が続くことはありません。家庭内感染の原因にはなりませんので、ご安心ください。

Q4. 会社や学校は休むべきですか？

A. 通常疥癬の場合、医師の指示通りに治療を開始すれば、感染力は大幅に低下します。基本的には出勤や通学を休む必要はありませんが、念のため職場や学校に報告し、その規定に従うのがよいでしょう。角化型疥癬の場合は感染力が非常に強いため、医師の指示に従ってください。

まとめ：家族一丸となって、疥癬の感染ループを断ち切ろう

👉 このパートをまとめると！
疥癬根絶の鍵は「ピンポン感染」を防ぐための「家族全員・同時・2回」の治療です。正しい知識で、不安なく治療に取り組みましょう。

疥癬の家族内感染という、長く暗いトンネルから抜け出すための道筋は見えましたでしょうか。

その根絶の鍵は、「ピンポン感染」のループを断ち切るための「家族全員・同時・2回」の治療、これに尽きます。そして、疥癬は決して「不潔の証」ではないことを、どうか忘れないでください。

正しい知識を武器に、ご家族が一丸となって治療に取り組めば、この病気は必ず治ります。不安な気持ちでいっぱいだと思いますが、あなたとご家族の闘いを、私たち専門家が全力でサポートします。

【次のアクション：根絶のための具体的な行動計画】

以下の「7日間実践チェックリスト」をダウンロード・印刷して、ご家族で共有し、治療のスケジュール管理にお役立てください。

参考文献

• 国立感染症研究所「疥癬とは」
• 公益社団法人日本皮膚科学会「疥癬診療ガイドライン（第3版）」
• 厚生労働省「高齢者介護施設における感染対策マニュアル改訂版」